
MARUBUN KOMATSU
辻でパンをたくさん買ったら、昨夜の小松店へ向かう。
最後の撮影するために、これが見納めね。晴れてよかった。

四代目が帰り、全面改装して 28年。
外見はまだまだ使えそうだけど、中はもともと古い木造建築。
代々飲食店なので、特に水廻りは限界を超えてるだろう。

マルブンのすぐ横には、お遍路さんの 62番札所がある。
マルブンは初代・文吉さんが、お遍路さんの食事と
宿のお世話をするために開業された。

お店は伊予小松駅の正面にある。
隣の喫茶店?もぜんぜん変わらないけど、やってるのかな。

マルブンの設計・デザインは、
広島「カロッツェリアコーノ」河野さんだ。
この寸胴鍋とヤカン、オタマで作られた「マルブンパスタロボ」は
河野さんの力作。

足元のシェードは大きなフライパンの取っ手を曲げて作ってるね。
27年、ここでじっと立ってマルブンを見てきた。
彼はこのまま新店舗へ移設される。

そしてこの南側壁面だまし絵も見納めに。

94年の夏だったから、26年か。それにしてもよく保ってる。
当時のペンキで しかもここは陽当たりもいいので、すごいことだよ。

当時のことはよく覚えている、大変な作業だった。
2日にかけて 9時間ぐらいで描いたんだけど、ほんと!暑くて
死ぬかと思ったね. 笑


よく見たらサインがあった。95年だと思ってたら、94年だった。
当時、待ちに待っていたマルブン現場仕事で、二泊三日の
半分旅行気分で行ったの、覚えている。

これは先週、古い35mm フィルムを断捨離してた時に偶然見つけた
93年の正月に撮ったもの。
大晦日にバイクでソロツーリング、徳島にある日本一の大楠を観て
元旦に眞鍋さんに会いに行ったら、彼はゴルフ場で
うどんを売ってるらしく会えなかった。
なんか食べさせてもらえるかなと、期待は大きく外れ. 笑
お店の前まで出てきて、見送ってくれた由美子さん。
まだ小さなイッセーとせいなちゃん、由美子さんのお腹には
次男のダイスケがいた。
もう由美子さんは亡くなり、このお店も無くなる。
形有るものは、必ず無になる。
でもこの地に宿るものは、ずっとこれからも
受け継がれていくんだろう。
「地」は「血」なんじゃないかと想う。
この小さなイッセーが今や五代目、厨房に立って料理をする。
この年末には、また新しいマルブンが誕生し、いつの日か
イッセーの子が厨房にいるかも知れない。
マルブンは あと3年で
100周年を迎える。

民藝・小石原焼・日常使いの器
くらし千絵 KURASHI CHIE
ロゴデザインと名刺、オープン用DM、サインデザインまで
お仕事させていただいた「くらし千絵」さんのプレオープン、
古いマンションの 1Fの壁を抜いてリノベした、ギャラリースペース。
民藝・大分の小石原焼き「太田熊雄窯元」の陶芸を主に展示販売。
陶芸の他にもオーナーがセレクトした、暮らしに必要な
「ホンモノ」だけを紹介していくらしい。
ここ何年かな、小石原焼きは人気が上がり ちょっとしたブームに
なっている。
小石原焼きは本来、田舎の百姓が使う生活道具だったという。
太田熊雄窯元は民藝にこだわり尽くし、親子三代に渡って
継承されている。
小石原焼きと言えばこの飛びカンナ模様。
また太田熊雄窯元の緑青が深い。
この飴釉も太田熊雄窯元ならでは、大胆で躍動感ある意匠。
ふだんの暮らしの中で使えるような皿や小鉢、茶碗などが豊富に。
この写真はその一部ね。
生活道具の中でも、この擂鉢も定評が高い逸品。

武骨なまでの意匠は、伝承されてきた技の結晶。
一度使うと手放せないというほど、一生モノになるらしい。
撮影してすぐさま DMデザイン。 大小 2種類選ばれて印刷。
紙質も広島では最高のものを使って印刷。

住宅街の古いマンションの 1階なので、サインも渋めでミニマルに。


蒼
お披露目のお料理ケータリングは 蒼 あお(旧 Dining 蒼)より、
小石原焼きの器に盛り付けて。
和洋中バリエーションもあり、全種食べたけど美味しい!





個人的にはこの蕎麦巻きが好みだった。

ご馳走様でした。「蒼」はオーナーさんイチオシの人気店、
これはお店でも食べてみないとね。人気店なので要予約を。

レセプションは2日間かけて、日に 2回 開催。

くらし千絵さんは、LIVE 島津さん(中)からのご紹介、
昨年 HMDでのレセプションで再会してからのご縁ですね。
なんてありがたいこと。

オーナーの角田さんご挨拶、感無量でした。
人の想いをとても大事にされている方です。

角田さんとご主人。長く人生を刻んできたお二人の門出ですね。
失礼ながら角田さんは、この見た目よりずっと高齢。
これだけのチャレンジをされるには、並並ならぬ想いからだった。
窯元との運命的な出逢い、想いを託されてからの決心。
ここが人生の集大成なんだろう。
おめでとうございます。
ここから始まりですね。
お客様をもてなして、商売もゆっくりやって下さい。


余談だけど「くらし千絵」は今、話題になっている
陸軍被服支廠(ひふくししょう)のすぐ隣の道沿いにある。
角田さんは私の母校、県工(広島県立広島工業高等学校)野球部と
とても深い縁のある人。
ここで県工と被服支廠を観ながら、感慨深いものがあるね。
なんにしてもこのまま残してほしい。
原爆が残した、もっとも素晴らしい負の遺産だよ。
もう作り物みたいに維持されている原爆ドームより、ずっと価値を感じる。
耐震がどうとか、壊すじゃ壊さんじゃとか、裏で利権も絡むんだろう。
でもアウシュビッツの一部がそうであるように、このまま朽ちていく様を
後世に見届けるのが、継承になるんじゃないのかな。
個人的には県工卒業生として、
かつてここに入って遊んだりしていた、
馬鹿な学生の一人として。
年始の打ち合わせから 1ヶ月、ようやくお客さまの農場で撮影。
やっぱり現場を観ないとね、
デザインもブランディングも始まらない。
ハウス栽培のトマト、秋に植え付けして たわわになっている。
栽培した人ならわかるけど、トマトは葉や実の表面に
アクが出ている。
これが服に着くとけっこう厄介なので、気をつけながら。
それにしても、なんて瑞々しいトマトたち。
移動してレモン畑も撮影。
果樹の撮影は愛媛の寺尾果樹園さん以来かな。
広島はレモンの産地として日本一、瀬戸の島々ではみかんに変わり、
そこら中で栽培している。県も助成金やイベントなどで盛り上げて
レモン関連商品が一気に増えて、お土産品など街中にあふれてる。
あ、弊社もデザインでお手伝いしてたっけ. 笑
こうして写真で見ても唾が出てくる〜 ソーダで割りたい. 笑
比べるのはナンセンスだが、やはり寺尾さんとこの
畑や果樹とはずいぶん違う。
私も島育ち、能美島(現・江田島)の実家では祖母が段々畑で
みかんを栽培していた。柑橘類は潮風の吹くところ、海辺の山や
島が栽培に適してる。
そして瀬戸の島々で柑橘を栽培するとなると、どこも段々畑だ。
でも愛媛の寺尾果樹園や三皿園では、その景色が違っていた。
同じ瀬戸内海に面していても、環境の違いもさりながら
それぞれの農家さんが 代々培ってきたこと、
その歴史がちょこと現れて、観えるのかもしれないね。
これはテスト栽培中の原木椎茸。
先日の雨の後だから、たくさん生えていてその場で収穫、
トマトといっしょにお土産にいただいた。
翌日パスタにしたら、めちゃ美味しかったね〜 香りがハンパなくて。
これはスマホで撮影。フェリーが出るまで時間が余ったので
島をドライブしてみた。やっぱり懐かしいような、でも
微妙に違うのよ、こんな波止場のビット見ても。形、意匠というか。
江田島とは海を渡れば 近い島なんだけどね。
speels
cup de GOHAN
昨年末からデザインを進めている、アウトドア用品の「 スピールス 」
「カップ デ ゴハン」は手軽にキャンプや非常食としても使えるお米で
0.5合・0.75合・1合と少量でパックされている。
お一人さまでも ごはん一杯から炊けるし、このカップがそのまま
水の計量用として使える優れもの。
speels2020.com
さてこの日は その商品撮影で某キャンプ場へ。
大阪のアウトドアフェスに出展するため、HPやパンフレット用に
ごはんの炊き比べ検証も兼ねて、4種のクッカーで炊いてみた。
メジャーなクッカーで試してみたけど、やはり予想通り
この「かまっこ」がとても美味しく炊けたね。吹きこぼれもなく
炊き加減がわかりやすい、しかも米が立っている。
この写真で見るよりもできがよくて かわいいし、コスパもいい。
このフタともう1枚、内蓋があって
そのまま茶わんとしても使えるスグレモノだ。
さてご飯の味をみるには、オカズも必要。
オーナーの阿部さん、さすがに手際よくアウトドアクッキング!
格安のステーキ肉も、山中だと格段に美味しくなります. 笑
そんなこんなしてると、ご飯もほぼ15分で炊き上がり しばし蒸らす。
できました! 食べる前に撮影〜 この日はまだ寒くて撮ってたら
すぐ冷めちゃうのよね。
なのですぐ実食。おなか空いてたのでみんな、
かき込むように食べていく。
やはり「かまっこ」はダントツだった。
炊きやすく美味しくできて、オマケに遠赤効果で保温性もいい。
かまっこには一合炊き、二合炊きがあるらしく、これをわざわざ
郊外に持ち出して、釜でご飯を炊いて食べるという贅沢。
グランピングじゃなくても、誰でもすぐ味わえるリッチ感。
ソロキャンプでもこれはオススメ。
こんなベタな写真も、ちゃんと撮っておいて。
わざとらしいシリーズ. 笑
記録的暖冬、でも春はまだ だね。

絵図屋ではグラフィックデザイナーを募集しています。
DTP・Ai(イラストレーター)のちょっとでも経験のある方、
経験ない方でも大丈夫ですが、見習い期間として条件があります。
ちょっとでも絵心があって、店舗の施工やペイントなどにも
興味がある人、お気軽にお問い合わせください。
写真は先日、事務所の断捨離決行して。
スタッフの部屋は古い大きな机を処分して、ちょっとは広く
明るくなったかな。
MARUBUN
KOMATSU HONTEN since 1923
今年、愛媛のマルブン・眞鍋さんからうれしい報告があった。
来年、小松の本店を建て替えることが決まったという。
マルブンは創業 1923年。あと3年で 100周年を迎えることになる。
写真の小松店は1992年に、食堂だったお店を改装したので
もう28年になる。
設計デザインは広島のカロッツェリアコーノ・河野さん。
MARIOでは 1994年までの 7店舗を設計デザインをされているが
河野さんの店舗デザインは秀逸で人気店も多く、有名だった。
特にこのような古い建築や民家などをリノベーションして
モダンな店舗に仕上げるのは、彼が草分けだと思う。
marubun8.com

100年前から ありがとう。
さて来年の 3月8日が営業の最終日と決まり、一時閉店までの
3ヶ月間、さよならイベントを開催する。
その告知ポスターを制作させてもらった。
ポスター左サイドのイラストは、当時 小松本店で使っていた
メニューの表紙を再現したもの。94年あたりから制作したもので、
年に 2回、デザインごと変えてたから たいへんだったけど
追われながらもたのしいお仕事だった。

もちろんアナログで同じメニューを 40部ぐらい作るので
このタイトルやロゴはカラーコピーで色付けしているが、
イラスト部分は1部づつカラーマーカーで着色していた。
それにしてもなつかしいなぁ・・・
この たくましい3人のこどもたちだった長男が、この小松本店で
五代目として店長を務めている。

当時の原稿が残ってるものは、モノクロなのでスキャンすれば
再現もしやすいんだけどね。

眞鍋社長も、弟のタケシ常務もキースが大好き。
当時、こんな落書きが簡単そうで意外と苦戦する. 笑

毎回毎回、時間もないけど迷いもないというか、ふっきれてるな。


これは上記の 6枚と違って、2000年に入ってから。なつかしい〜
個人的にはお気に入りで、ようやくメニュー写真を入れたりして
でもまだアナログデザイン、すべて手作りメニュー。
全国的に食の安全が揺らぎだし、マルブンでも使ってる食材や
安全面など、ちゃんとお客様にアピールすることに。
メニューにもそういった、メッセージ性を持ちようになった。

12月、店内に貼ってもらった。さてもう 2ヶ月しかないのね、
最終日も行くけど、その前にも行きたいなぁ。

よく店舗そのものを箱(ハコ)と呼んだりする。
飲食店としての箱は、水回りがあるから傷みが早く
10年維持するのもなにかとたいへんで、20年ずっと変わらない
老舗や繁盛店ほど、度々大きな修理をされている。
四代目が帰郷しこの小松店が生まれ変わり、
伝説の繁盛店になり、27年。
もうとんでもない数の、人生のドラマが
ここで始まったり、終わったり。
そんな、思い出の箱が無くなり、また再生していく様を
この目で見届けたいね。
天気がコロコロ変わるこの頃。
今デザインしているアウトドア関連商品の撮影、近場のポップラ通りへ。
さっきまで晴れてたのに、スタンバイしたらとたんに大きな雲が動いて
やれやれ太陽が出るの待ち。
川沿いは風が強くけっこう寒い・・・

とはいえポップラ通りはとても気持ちいいところ。
これスマホ写真なので空が暗いなぁ。
広島ぐらいの規模の街中に、これだけ拓けた緑地があるってイイね。

なぜポップラ通りというのか。それはかつて、
ここにはとても大きく、立派なポップラの樹が 1本あったから。
河の街広島、太田川のシンボルツリーとして市民に愛されていた。
15年ほど前、大きな台風がきて、とうとう倒れちゃったけど
今、その場所にはそのポップラの子どもが植えられ、成長している。

そんなこんな想いにふけってると、ようやくお日様が顔を出し
撮影再開。
いつも仕事での商品撮影は
これ、売れたらいいなぁと思いながら、シャッターを切る。
先日の市立大 デザイン工芸学科の生徒さんによる、卒業制作のための
インスタレーションにて。 前回は15時過ぎていて逆光だったので
午前中にもう一度、観たかったのよね〜
これが1週間しか展示してないし、ずっと天気も微妙だったので
もう撮れないかなぁと思ってた。でもこの日は天気予報と違い、
午前10時過ぎに、事務所から青空がチラッと見えた。
急いで現場に行くとこの光が 30分射してきて、ほんと運がいい。
雨男なのに稀なこと。
白と黒。無機質なのに、有機的に動いて見える。
この基町アパートに住んでるのか、初老のおばちゃんが掃除を始めた。
でもめちゃ冷たい突風がときおり吹いて、集めたゴミが
すごい勢いで飛んでいく。でも追いかけもしない。このおばん、
サイボーグか. 笑
南口から北上して ここが終点。 やっぱり長いな。
スタートとゴールのデザインは同じ。どっちがスタートでも
ないんだろうけど、でもたぶん、この有名な高層アパートの意匠を
いったんバラして、構造体をデフォルメして解体、
再び構築しているのかな? と思ったりした。
なんにしてもシンプルに、よくまとまってる。
すごいねほんと、この頃の学生さんって。
広島市立大学 芸術学部デザイン工芸科
さて前回の卒業制作の続き。校外からライブ配信してきた
おもしろい学生さんの作品、基町へ観に行った。
いやいや驚きだよ、これ・・・
なんとあれから 1週間ぐらい?で、もうできてた! すごいなぁ。
市の管理地を囲う鉄製のフェンスに、正方形に切った 1サイズのみの
マグネットシートを貼って表現している。
たぶんここの市営基町高層アパートにオマージュしてデザインされた
インスタレーション、とてもいい。
これ高さは3mかな、全長200mはあるんじゃないの。
トラックと比べてもわかるでしょ。 脚立を使って
一人で貼ってたからね、根性ある。
シンプルだけど動きがあって おもしろい。
無機質なデザインでも、この現場で見るとかなり迫力がある。
逆から見ると、こりゃやっぱり長いな. 笑
基町アパートの裏になり、ここは街中でも静かで車も少ない。
ちょっと隔離されたような別空間に、この意匠がよく映える。
今回は打ち合わせの帰りに寄ったので、時間がなかったけど
今度は朝、ゆっくり見に行こっと。
どうやら1週間ぐらいで撤収するみたいだし。
その入り口の前には、寂れた・・・何屋さん? 笑
この配達OKの浮きだした文字、食品用の発泡スチロールを
カッターで適当に切って作ってるよ。笑える。
miss hoa
vietnamese cafe
17年前にオープンした MARIOのミス・ホア で、久しぶりお仕事。
広島のアジアン料理ではもうけっこうな老舗感あるんだけど
場所が場所だけに、認知度が低いのよね。 検索しても blogとか
載せてる人も少ないし。今観ても古びない、いいお店なのに。
当時ベトナムブームとはいえ、ここはすごい開店仕事だった。
そうゆう自分も、もう10年ぐらい来てないのでは。
街中に出ることもないし、ましてやパセーラは行かないか。
で、お仕事の依頼はこの店頭の左右にある、サンプルケース。
なんとこの右側のでかい方が、先日の台風により倒れて
再起不能に・・・

現場に行くと、左のケースが右に配置されていた。
新しいケースが来たら、この古いケースも合わせて
リニューアルペイント。
やっと完成! ちょっと大変だったのは残ってた方のケースで
フレーム前面にアジアンチックな極彩色のイラストを
ペイントしていたので、それをぜんぶ剥がして
下地処理するのが手間だったね。
下部のパネルは外せないので、新しいデザインをIJプリントした
パネルを作り、現地で上貼りした。 なかなかいい感じじゃないの。
パセーラ 6Fはスカイパティオがあって、ミスホアに併設されている。
ここで食事や寛ぐこともできるので、この日も小さなお子さま連れの
ママ友4人がランチしながら、ある意味優雅におしゃべりに夢中。
子供たちは右奥のボーネルンド遊具にほったらかし. 笑

せっかくここまで来たんだし、フォーでも食べないとね。
このランチセットなかなか美味しい〜し、ヘルシーよん。

当時、これでもかと予算かけた店内をスマホでパチリ。
店内を水が流れる 6Fのベトナミーズカフェ、今見てもすごい〜
オサレね〜 でも開店当初はよくお客様が 落ちたりしたっけ. 笑

壁のフォトフレーム、写真は私がベトナムで撮ったもの。
陽に焼けてすべて青い写真になっている。これはこれでシュールな。

家具はすべてベトナムでオーダーしたもの。
ほとんどがオークやチークなどの堅木で できていて、超重い。


ほんと今見ても、凝ったデザインとインテリア。金かけてる〜

スタッフさんもステキ。 写真はないけどここの名物、
美人店長さんはもう16年、ここの主になってる. 笑

この日もペイント作業中、ランチはやっぱりフォーで。
これはトムヤムクンテイスト。まぁまぁ辛い!

スタッフ鈴木さんも初ミスホア 。寒い中がんばってくれたね。
こうして17年経って、リサイクルしてでも続けていく姿勢は
MARIOらしいことだ。
多分商売だけ考えてたら、こんなことやってられんのだろうけど
だからこそ MARIOは、息の長い店舗が多いいのかもね。
このメイン看板には思い出がある。
この看板だけで 5回もデザインを出して、やっと決まったと思ったら
この看板の施工を、とことん「ホンモノ」にしろと一喝された。
当時、マスターの(現・マリオ会長)店舗作りは、病的な本物思考。
そこで店舗施工会社から紹介された、老舗看板屋さんに
依頼することに。
この看板、ベースはもちろん、この浮き出しの文字やマークもすべて
木製で、よくあるカルプや(看板などで使う硬質の発泡スチロール)
集成合板ではない。
わざわざ糸鋸で切り、ムラが出ないよう 3回塗装してもらった。
vietnamese cafeの文字と 左右の蓮の線画は、シルクスクリーンで
プリント、カッティングシートも使ってないという凝りよう。
すごいね、今見ても・・・
たしか当時この2つで、25万はしたと覚えている。そこからまた
値切らされたけど。カルプやアルポリック素材で作れば、今なら
2つで10万ぐらいだろう。
高齢ではあったけど、とても腕のいい職人さんだった。
このお仕事以降も何度か看板や施工を依頼して、特にMARIOの
厄介な施工で、ずいぶんと助けてもらった。救われたね。
長く現役で仕事していたらしく、3年ほど前に引退されたと聞いた。
もうほんと、感謝しかない。
ここは半分屋外のようなところで、この看板も拭いてないのか
真っ黒だった。
脚立を出して綺麗にすると、当時の仕事の丁寧さがわかるので、
ちょっと泣ける。
一部ペンキがはげていたので、お礼を言いながら塗ってあげた。
