
i a i infomation architect ism
愛媛の熊福さんとズームを使って HPの更新打ち合わせ。
でもやっぱりなかなか上手くはいかず〜 けっきょく藤本くんの
力業でなんとかしてもらった. 笑
iaiweb.co.jp

ここはもと、あの「ひろしまジン大学」の事務所だった。
普通のかなり古い事務所物件を、ハイフンデザインの草本さんが
設計・リノベして、格安でエコな WEB OFFICEに仕上げた。
やっぱり草本さん、妥協と無駄の一切無いデザインクオリティ〜
藤本くんにはもったいない. 笑
hyphen.cc

もう 18年来のお付き合いだろうか。仕事でお世話になってから
たぶん 15年〜 彼はエンジニアであって、デザイナーとか
クリエイターってタイプではない。
でもデザインはできなくても、広島の WEBクリエイターのために
業界では有名なセミナーやイベントを主催したり、専門学校や
訓練校の講師も続けている。手前弁当でボランティアしながら
広島WEB業界をデザイ二ングしていた。

寺町に引っ越してちょうど 1年。オリーヴも大きくなったね。
やっぱり経営はたいへんそうだけど、多くのクライアントと
広島クリエイターのために、ここからまた ふんばってくれ。


孤高の先輩 designer
広島のグラフィックデザイナーといえば 私にとって
この人抜きでは語れない。以前務めていた デザインオフィスカワハラで
上司だった T先輩である。
( 身体はデカいけどシャイな本人の希望で、氏名非公開. 笑 )
この写真は、彼の今年の年賀状の画像で、個人的にもとても
お気に入りなので、頼み込んで送ってもらった。
おそらく自宅の極小事務所を、彼自身が撮影したものだろう。
PC画面には今年の干支の「丑」で、洒落の効いたご時世ネタの
キャッチコピーを一行だけ入れていた。先輩らしいデザインだ。
さてここで彼の、カワハラ時代のエピソードを私が綴ると
途方もない文量になるし、また先輩にキレられそうなので… 笑
それに彼にとって過去はもう、ほとんど意味がないものらしい。
以前、カワハラ〜 NAM時代の仕事・作品もすべて処分したと
聞いたことがある。 人生は常に上書き保存する人なのだ。
でもね、それでもクリエイター・グラフィックデザイナーとして
彼は凄かった。 カワハラ時代の 5年とその後の NAM時代しか
知らないけど、一般のデザイナーや業界人ではとても理解できない
「域」にいたね。
ちなみに広島のデザイナーで、初めて Mac(Apple Macintosh)を
購入したのは、故 縄田先生(と自負されていた)だけど、たしか
2人目がこの先輩だった。当時、ちょっとした乗用車が買える額を
自腹で購入して、すべて独学でマスターしていった。
広島の印刷屋が DTPを扱えるようになったのは、
それから何年後だっただろうか。
先日、TVで宮崎駿さんが、エヴァンゲリオンの庵野監督のことを
「 庵野は命を削って映画を創る。」と言っていた。
私が知り合った中で、命を削ってまで仕事、デザインをしているなと
思った人は 2人しかいない。 ペンギングラフィックスの中村さんと
この頃の T先輩だ。この 2人は仕事で確実に寿命を縮めている。
それにしてもあの川原時代、自分もよく 6年もクビにならず
務めさせてもらえたなと思う。
超感覚的に、非の打ち所もないデザインを組む川原先生と
常にウイットなアイディアを構築してから、コツコツ時間をかけて
仕上げていく T先輩。どこをとっても真逆な、水と油のような 2人が
バブルもちょっとかぶって、次々と大きな仕事をこなしていた。
2人のデザイン力、仕事への意気込みが凄すぎて、入社してすぐ
自分の居り場がないなと思ったけど、幸い MARIOの出店仕事が増え
先輩の手伝いもしながら、なんとか続けられた感じ。
川原先生のデザインは、彼女なりのルールがあるようでない。
真似したり、アシストするのがとても難しくて諦めたけど
頭のいい T先輩はリクルートの仕事が多く、エディトリアルや
ページものを驚異的にこなしていたので、一緒に仕事していても
とても学ぶことが多かった。
T先輩が処分したという当時の仕事の作品も、
私がいくつかは所有している。今の時代では予算的にも、
コンプライアンス的にも実現できないと思う、印刷物もある。
四半世紀は経った今でも、隣の机で嘆きながらデザインしていた
彼の大きな背中を思い出せる。

これはこの 2月に別件でメールが来た時、送られてきた画像。
本番前のテスト撮影かな、ほんとに狭いのがよくわかる。
計らずしも椅子に座れば、立たなくてもだいたいのことができる.笑
必然的に合理的になったのだろう。身体はデカいけど猫みたいな人だから
やっぱりこの狭さが居心地いいんだろう。
これ見てすぐウケたのは、椅子に掛けてあるセーターが
カワハラにいた頃の 25年は前のものじゃ!ということと、
アーロンチェアの左の膝掛けが外してあること。
この超合理的なデザイン室に、きっと著しく邪魔だったのね。
それを外すまでの経緯というか、流れが安易に想像できるだけに
笑いが込み上げてきて仕方なかった。T先輩らし過ぎて。
時が流れても、人の良いところというか
核になる個性というものは、変わらないんだなと想った。

ANCHOR'S
LOCAL DESIGN LABO
地域デザイン研究所
先日のペンギングラフィックスへ訪問したとき、奥様から
納島さんとこは行ったの?と聞かれて、なんでも市立大学内の
教授部屋がすごくよかったと 写真を見せてもらった。
納島さんといえば 牛田の事務所も移転して、昨年から市立大学の
芸術学部デザイン工芸学科の教授になられた。
一昨年は私も同学科を見学させてもらったけど、まぁ以前のように
おいそれとは行かれないなぁ〜と思っていたので、
これはさっそくアポとって再会。
vcd.art.hiroshima-cu.ac.jp

教授部屋といっても、完全に納島さんのデザイン事務所状態. 笑
インテリアもすべて私物だとか。

この大きなポスターを見ると、あの寺町のROCKETSを思い出す。
どことなく納島さんを象徴するかのような、メトロポリス。

これまた彼らしい、ベースと渋い防湿庫が違和感なく鎮座. 笑

御大自らじっくりと、美味しい珈琲を淹れていただく。


ご無沙汰でした。やはりここは教授と呼ぶべきでしょうか. 笑
昨年は「 地域デザイン研究所 」代表を清水さんへ継承し、市立大学へ。
同時にコロナ禍で就任早々、リモート授業と まさに目紛しい
たいへんな 1年だったらしい。

さて さっそくながら教授を質問攻め. 笑 昨年から近況までを
話されたけど、やはりこれからのグラフィックデザイナーって
どうなる? どうあるべきか、聞いてみたかった。
コロナ禍で広告業も、特にイベントや印刷媒体を主とする仕事は
とても厳しいと思う。先日のPG中村さんからもペーパーレスの
話が出たように、コロナが落ち着いてもこの流れは変わらないだろう。
なんせ凸版がTV CM 出す時代だからね、うちは印刷だけじゃねぇって. 笑
それはローカルな印刷屋でも同じことだ(昔、印刷屋と呼ぶと怒る
印刷会社の社長がいたなぁ. 笑)すでに印刷だけでなく 企画からデザイン、
IT 関連にまでこなし、ブランディングを軸にシフトしている。
また世間やクライアントから デザインが大事、ブランディングが
重要と やたら言われるようになったけど、その反面、
デザイン業における対価は、確実に下がっている気がする。
理由はわからなくもない、でもなんか腑に落ちないのよね。
印刷やデザインの需要が減っても、WEB制作や IT関連はずっと
右肩上がりで伸びている。アイエーアイ(株)藤本くんも昨年は
多忙極まり、個人事務所を会社にしてスタッフを増やした。
そんな時代に納島さんは、
未来のデザイナーを育てる仕事に就いた。それは今まで続けてきた、
安田女子大学や穴吹デザイン専門学校での講師とは、
一線を画すのだろう。彼が言っていたのは
「 これからのデザイナーは、デザインしかできないではダメだろう。
そこに関わる、いろんな仕事もできるようにする。
そのためには 知識が必要。」
自分の会社を譲り、安田も辞めて教育にかける。
還暦に決意した航海はスタートから荒波だけど、楽しみしかない。
今は手探りでも、前へ進むしかないじゃろ!と言ってたけど
その割には来年かな? 大きなネタを仕込んでいて ワクワクしてた。
やっぱり彼は生粋のグラフィックデザイナーだった. 笑

教授になったとはいえ、いつまでもプレイヤーであるために。
講義の告知 PRポスターを週に1枚、デザインすることを
自らに課した。この「 原始のデザイン的行為 」が 1枚目で
入り口に貼リだし生徒にアピール。

1年生の講義、デザイン概論のカリキュラム。
このポスターは「 ルネッサンス、ダヴィンチの時代 」へと。

そして「 ウイリアムモリス、アーツアンドクラフト運動 」へ、
どちらかというと世界史の講義みたいね. 笑

週に1枚と言いつつも、すでに次の「 アールヌーヴォー 」そのまた
次の「 アールデコ 」まで、デザインはもうできているらしい。
仕事でもなんでも、やると決めたら めちゃ早いのは相変らずだ。笑

ここで話を聞いていると、気がつけば講義を受けているようだ。
しかもタダで. 笑 納島さんとサシで話すのは、
ほんと勉強になる。

部屋の窓際には、とても有機的なフォルムのアクアリウムが
目を引く。納島さんが仕込んだもので、バランスがよく
いい感じに安定している。グリーンの配置がさすがですね。
こうしてアクアリウムの話を 2人でしていると、もう 12年前に
ボトルビオトープの販売用 ラベルデザインをしてもらったの、
思い出す。私ではまずできない、ベーシックで秀逸なデザインを
なんか簡単にしちゃうのよ。
なんてゆうか作業時間のかかる、緻密で途方もないデザインでは
ないけど、Macを触れば いつの間にか組んじゃってたような. 笑
そんな絶妙なバランス感覚でデザインができる人。
じゃないかなって推測する. 笑


そんなこんなでこの、お土産のペットボトル・ビオトープも
センスのいいボトルに 替えてくれるそうだ。

ここでおもむろに、懐かしいフィルム一眼レフを出してきた。
フィルムカメラの名機、Nikon F。なんとあの
縄田先生の形見らしい。亡くなる少し前に頂いたとか。
シャッターも非常にキレがよく、先生が大事にしてたのがわかる。

先日モノクロで撮影する機会があり、そうなるとついつい
カメラ談義に突入する。以前から何度話しても
彼のカメラネタは楽しくて尽きない。

やはり納島さんといえばライカやコンタックス、ローライといった
クラシックカメラだろう。とても手の届かない、気難しい名機たち。
他にも珍しいクラシックカメラのコレクションも多数あり、
またその知識も豊富だ。
一緒に撮影とか同行させてもらったりしてたなぁ。

デザインを語る納島さんもいいが、カメラや趣味の話をしている時の
表情は、60過ぎても昔のまんまだった。
ビートルズをこよなく愛し、ベースギターを続けている。
フライフィッシングもタイイングからこなし、古いキャンプ道具を
積んで一人で山へ入る。
どの小物ひとつとっても、その意匠へのこだわりに妥協がない。
センスのいい生きかた = 彼のライフワークそのものがすべて
デザインとリンクしているんだろう。

これまた古いけど美品のコンタックス2を出してきた。
撮影までの儀式が必要だが、ピント合わせがとても正確できれい。

説明を聞きながら丁寧に触れて、シャッターを切らせてもらう。
ネズミ鳴きという聞いたことのないチープな音で、時を写す。
う〜ん、このままだと中村さんのときのように、
3時間居そうになったので. 笑 ここいらで おいとましよう。

ANALOGRAPHICS
PENGUIN GRAPHICS
昨年末から、妙にペンギングラフィックス 中村さんに会いたくて
でもなかなかタイミング合わず 年が明け、2月頭に行こうと決めつつ
またタイミング合わず( こちらが一方的にダメだったん. 笑 )
やっとご挨拶に伺えた訳です。
事務所も久しぶり〜、ここは未だに ちょっと緊張する。
緊張すると言いつつ、3時間ぐらいしゃべってしまったけど. 笑
ペンギングラフィックスは今、やっと自社の HPを制作中らしいので
( と言って何年か経つ. 笑 中村さんには必要ないと思うけど )
とりあえずこのサイトにて紹介されている、中村さんの
グラフィックデザインへの向き合い方など参考に。読み応えあるよ。
「と、つくる 」より totsukuru.jp/products

ここ来るといつも最近のお仕事など 見せてもらう。
また H-ADCで、グランプリ取りそうな作品が上がっていた。
これは一目瞭然、素晴らしいデザイン。一応、同業者として制作意図や
ストーリーなど聞かせてもらった。これが勉強になるのよ、
制作過程における、一流の職人ならではの 生フィードバック。
例えばこの右のチラッと写ってる「木」ってあるのは
「 山根木材 110周年記念誌 」 home-yamane.jp
これはマジで感動モノの印刷物だった。写真がこれしかないのは
彼の話を聞いる私が感動してたから… 言い訳だけど. 笑
ペーパーレスが加速しているこの時代に、こんな仕事があるなんて。
これはすっごい仕事が たまたま中村さんとこにきたのではない。
彼のスキルが その制作するモノの目的を見極め、そこからクライアントを
鼓舞し、ここまでのクオリティが必要だと導いているからだ。
広島でも一流のカメラマン、ライターと組んで 長い時間をかける。
要求した印刷も製本も、広島の限界をちょいと超えている。
120年を迎えた企業にとって
後世に残すべきものを作っている。

またペンギンさんといえば、大名詞でもある盆栽の意匠もさりながら
「 BONSAI_中村屋 」としてのお仕事も忙しそうだ。
盆栽は生きモノだからね〜 一昨年の盆栽展も懐かしく感じる。

中村さんとは同い年、でも学年は彼がひとつ上になる。
お互い事務所を開いてから 20年を終えたけど、広告業界から
離れた私から見ても、ペンギングラフィックスの活躍は凄まじかった。
唯一付き合いのあった有名代理店の営業が、コンペでペンギンが来たら
勝てたことがない〜と、ボヤいていたのを よく覚えている。
ずっと広島の広告賞は総ナメという印象だったし、毎年上位の常連で
もちろん今も トップランナーであることは間違いない。
そのグラフィックデザインが優れているのは 当然ながら
対象物のコンセプトをとことん深掘りして、ウイットに富んだ
アイディアをさりげなく構築している。思わず クスッとなったり
妙にキュートだったりする、熱のあるデザイン。
その作業量、作り込みも細部まで一切妥協がないのに
とことん洒落が利いているというか、そこが本骨頂なんだよね。
そんなこんなで 20年。
中村さんが制作してきた、数多くのグラフィックデザインが
広島のブランディングにおける クオリティとその対価の底上げに
貢献していると思う。
そんな広島1 ストイックなデザイナー夫婦を、17年間癒してきた、
福社長ことトイプードルのテディが 昨年末、亡くなった。
49日ぐらいなら、少しは落ち着いてるかなと思って来たけど。
奥様より ふたりの絆が感じられる、
いい写真をいただいた。
中村さんのシャイなところが、よく映っている。

子供のいないご夫婦にとって、職場でも家でも
ずっと一緒だった温もりが、ふたりのもとから居なくなる。
奥様も言ってたけど、テディロスは
まだまだ長く 続きそうだ。
追記
このblog載せて後日、奥様より HPできたよ〜との報告あり。
素晴らしい作品たちをこれでもかと堪能できる。
penguin-g.com
