42年前の恩。
MARIO ESPRESSO 2026.02.10 Tue

MARIO ESPRESSO
ラクア緑井店
昨年末の同窓会に続き送別会へ。42年前に就職した会社の同期で
65歳になったうっちゃんが、定年退職することになった。
同じく 84年組同僚の 川邊店長のいるマリオエスプレッソにて。
ezuyalan.com/room/2022/mario-espresso.
ケンちゃん(川邊)めちゃ気合入れて、料理出してくれた!
サービスしすぎじゃないの〜
いろいろ頼んだけど、楽しすぎて撮ってないわ。
こんなステーキなんか、MARIOのメニューにはとっくの昔に
無くなってるよ〜 こんな日のためにストックしていたらしい〜
うっちゃん(右から 3人目のおじさん)は大学を一浪してたので
同期でも高卒で入った私とケンちゃんより 5つ上になる。
入社した「 増成織ネーム 」はアパレルだが、ライバル企業の少ない
特殊な商品を扱っていた。おそらくかなり儲かっていたので
この年は大卒 5人、高卒 7人も入社していた。
masunari-net.co.jp/
道法さん(右)は当時の営業上司で、今は広島所長だ。
高卒で入社しておバカな自分にも、いつも優しく接してくれた
記憶がある。ずいぶん歳をとられ、未だ現役で出社されてるけど
その人柄は当時のままだ。
おまけに昨年はMUUさんの面接、内定もしていただき
たいへんお世話になった。
当時の写真は少ないけど、入社した年の社員旅行かな。どの会社でも
今では想像できないレベルの、コンプライアンス問題はあれど
元気でいい日本だったんだなと思う。
それにしてもうっちゃん(右)ケンちゃんと
奥さんのさかねちんも若いなぁ〜
高卒で島の田舎から出てきて、会社の3階に一室だけある寮に
住んでいた。4畳半、窓の外は矢沢永吉の母校、中広中学校。
その部屋にノミが出るので、屋上で畳干し。
同僚の 3人に手伝ってもらい、ムードメーカーでいつも周りを
楽しませる末田さん(左)が、加計の畳屋の息子だったし.笑
県工の先輩のコネで、なんとか入れた職場だったけど
2年半でクビになった。でも当時の自分が
どれだけ会社から与えられていたのか、気づいたのは
独立して事務所を開いた 2000年だった。
ここでの人との出逢いから、すべてが始まり
現在につながっている。
