42年。
県工と沖もっちゃん。 2025.12.30 Tue

県工( 広島県立工業高校 )を 1984年に卒業して
来年で 42年になる。
私もこの 4月で 60になり、先月はタイミングよく
RCC中国放送から 県工つながりのお仕事をさせてもらった。
そして還暦という節目で、同窓会も開かれた。
消息のつかめない者が多かったけど、LINEを使ってなんとか
19名はグループに入り、当日は 15名参加できた。
幹事運営に携わってくれた、柴、石川、石田に感謝!
幹事の情報から当時の担任、沖もっちゃん(沖本先生)がまだ県工に
在任中とのこと!まじか?
同窓会に出席できないか、直談判することにした。
県工と皆実高校への登校路、懐かしいなぁ〜
この道路の真ん中の樹は相変わらずだけど、右には大きく
威圧的な南区警察署がそびえてる。
校門から見たらこんな感じ〜 右のグランドはサッカーと
奥田民生で有名な皆実高校だね。彼も同級生で見覚えがある。
門はそれほど変わってないが、校舎はいろいろと
建て替えられてたね。
門の左側には、本来の正門がある。
歴史ある「 ものづくり広島 」らしい、工業高校の印だ。
さて、情報通り 沖もっちゃんは週に1〜2度、教壇に立っていて
木曜日の昼休憩に会うことができた。
なんと 77歳、40年ぶりの再会で感無量だった。
さすがにおじいちゃんにはなっていたけど、ひとたび声を聞くと
話をすれば、一気に学生の頃に戻ったような、記憶がどんどん
蘇ってきて、それが溢れるように涙が湧いてきた。
休憩中なのに、たくさんたくさん話を聞いて
びっくりしっぱなし! でも同窓会には体力的に厳しいのと
冬は特にキツイらしく。そこで申し訳ないけど、
ビデオレターを撮らせてもらった。
じつは 10年ほど県工を離れていたけど、呼び戻されて
しかも今 県工が教員不足で、辞めさせてもらえないらしい。
42年ぶりに会って話して、あらためて想ったのは
やっぱりこの人で出逢ってなければ、
今の人生は無かったということ。
デザイナーにもなってないし、こんな Blogなんてやってないし
田舎の島に帰って、幼なじみの同級生たちのように
漁業やってると思う。
だから先生、あの時、あの 3年間、
ほんとうにありがとうございました。
これからもずっと、いつまでもお元気で。
退任する時は
必ず教えてくださいね。
