海で生きている。
テツマル海産  2023.12.07 Thu

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て つ ま る か き

故郷の三高へ、久しぶりに仕事でテツマル海産へ、撮影に向かう。
宇品からフェリーに乗ると変わらない、安芸の小富士のきれいな曲線。

instagram.com/tetumaru_kaki_/

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現場に入るとさっそく撮影! まずは水揚げされた牡蠣がゴロゴロと。


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この牡蠣は一般的な吊しの養殖とは違って、このままカゴに入れて
海に吊し育てるもの。なので定期的にカゴを入れ替えて
牡蠣の殻にに付いたふじつぼや海藻などを、ひとつずつ取り除いてる。


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牡蠣打ち作業場に入ると、大きな生簀プールに水揚げされた
牡蠣が浸かっていた。ここから数日、きれいな海水で
掛け流しにして洗浄している。


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詳しくは言えないけど、ここで何日か活かすことで、牡蠣の殻内の
砂や泥を吐かす。アサリと一緒だね。
この掛け流しで吐かす作業をしない、牡蠣屋もあるらしい。


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牡蠣打ち場は昔と変わらない景色だ。もう50年も前、私は子供の頃
母親の牡蠣打ち場に連れて来られていた。とてもなつかしいけど
この現場の寒さと匂いは、とても嫌だった。


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打ち子(牡蠣を打って殻から身を出す作業)の技術レベルによって
手取りに大きな差が出る。打つのが上手い人は下手な人より
何倍も早く打ち、しかも身を傷つけない。
島の女性たちが冬場だけできる、キツイ仕事だったけど
私の母親は名人と言われていたほど、よく稼いでいた。
残念ながら今の広島牡蠣は、打ち子になる人がとても少なくて
外国人就労者に頼るしかない。


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打ったばかりの牡蠣、この水は牡蠣の殻の中にあった海水であり
体液でもある。この状態ならまだ生きているそうだ。


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それから出荷が決まると袋詰めに。ここから冷蔵で 1週間は食べれる。
この「てつまるかき」はひいきなしに保ちがいい。打ったその日に
クール便で送れて、2〜3日日で届き そこから冷蔵庫でも
5日は充分にいける。

広島は牡蠣の生産量日本一だが、その品質は生産業者によって
大きく差がある。知らない人も多いが、残念な牡蠣屋や悪質な業者も
昔から居たものだ。私も学生の頃、牡蠣の加工バイトしていたので
そういった業界の仕掛けや内情も知った。
東京の飲食店で「広島産牡蠣」と謳っていても、どこの広島産?と
疑って食べてしまう. 笑

これからは誇れる
広島ブランドの牡蠣を育てないとね。






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島の牡蠣屋は家族経営がほとんどだろう。テツマル海産も
三代目のてっちゃんとお母さん、弟と妹さん、それに娘さんまで
家族みんなでお仕事されている。


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それにしてもびっくりしたのがお母さん! なんてお若いし、
お元気でなによりです。歳を聞いたらマジ驚いたね。
これはやっぱり現役で、我が子や孫と一緒に仕事しているのと
牡蠣の持つ天然エキス(海洋性タウリンね)の力だろう. 笑  
間違いない。

子供の頃から あつかましい私は、いつもてっちゃんの家に
遊びに行くのが楽しみだった。この笑顔の
お母さんが、
貧乏な我が家では決して食べれない、
美味しいおやつを
出してくれるから。


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テツマル海産の創業は 1957年ごろ、今年で 67年目となる。
三代目のてっちゃんは 島の幼なじみで同級生。この写真で見ても
わかるように、子供の頃からとても人が良く まっすぐな男。
クラスのみんなに好かれていて、優しく大らかな海人だ。

私たちが子どもの頃は、島の牡蠣屋はどこもみな めちゃ儲かっていて
彼のお父さんの代も とても稼いでいたと思う。当時新築した自宅は
誰もが羨むほどの大きな鉄筋の洋館だった。
でも創業者である祖父が大きな負債を抱えてしまい、その家も
手放すことに。

てっちゃんは牡蠣屋を再開するために、めちゃしんどかったと
振り返る。そんな話の時も、親や自分の境遇を責める言葉は
一切出なかった。



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いろいろ撮影しながら、牡蠣屋の現状を聞かせてもらったけど
広島の牡蠣養殖は、とても厳しい現実に向き合っている。
温暖化、瀬戸内海の生態系の変化、牡蠣の餌や天敵など。
島の漁師も後継者がいないので、もう数えるほどしか船も無い。

そんな話を聞きながら、なにも前向きな言葉が返せなかったけど
それでもてっちゃんは、嘆きながらもこの表情で
不安を笑い話にして受け入れていた。



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私たちが小学生だった 50年前、この海は汚かった。
よく赤潮が発生して、たくさんの魚が死んで浮いてたりした。
今は透明度もぐっと良くなり色も青く、明かに海は
きれいになっている。

でも、見た目きれいでも、水質がいいとは限らない。
多種に渡る魚がいなくなり、昔は捨てるほど漁れていたアサリや
ワタリガニ、シャコ、ナマコもほとんど漁れなくなった。
牡蠣が育ち難い海になっているんだ。


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フェリーに乗って桟橋を見送ると、灯台の目の前を
テツマル海産の船がゆく。


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じゃぁ、また帰って来るね。




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